プーシャン家の日常

つぼマニア兼脉オタクと、医学史中心中国学マニアの生活感なさすぎな日々

カテゴリ浦山久嗣のこと、につきまして readme

2026.10.29 06:31:33

カテゴリ「浦山久嗣のこと」=実質「その如月の」を読んでくださる方へ

まず、「浦山久嗣のこと」というカテゴリを選んでください。
ブログの設備上、新しい記事が上に、古い記事は下になります。
カテゴリを選んでも、画面に表示される分量が決まっているため、一度で表示されない回をご覧になりたい場合は、
PC画面では左側のカレンダーから、
アップした日付を選んでいただくことになります。

「その9終」=修正した最新の病歴あり、5月25日アップ
「その8 3月30日のこと」=4月5日アップ
「その7 その日の次の日のこと」=4月5日アップ
「その6 2010年から、の修正」=再考した病歴。4月4日アップ
「その5 2010年から」=4月3日アップ。当初の簡単な病歴
「その4 喪主ご挨拶」=喪主ご挨拶(思い出して文字にしたもの)あり。4月2日アップ
「その3 その日のこと」=4月1日アップ
「その2 定点あたり」=4月1日アップ
「その1 メモのこと」=全日講演でのメモ写真(のみ)。同メモ写真はその4にもあり。3月31日アップ

今年3月のことに関して、連載の一回目である「その1」からお読みいただく場合は、PC画面では左側のカレンダーから3月31日を選択してください。
ただ、「その1」は、ほぼ、本人自筆の全日学会でのスピーチのメモの写真のみなので、同じ写真がアップしてある「その4」で事足ります。

はじめてご覧になる方は、「その9」の病歴をダウンロードしてご覧いただいてから、
「その3」(4月1日)からそれ以降をご覧になると、経緯がおわかりいただけるかと思います。

腹膜透析開始の経緯とその後の実施については「ばんて部=Vantiveの訛り、出口部の活動」の、2024年7月7日に、詳細があります。〔文責・きか〕

テーマ:浦山久嗣のこと/ /

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ツマの気持ち またして

2026.10.04 17:23:55


鯛焼き。某鍼灸治療の別称にかけたわけではない。
左が小倉、右がクリーム。
一人だと、二匹は多かった。

10月1日、夫の病理解剖の詳細を聞きに行った。亡くなって半年である。

当初は、病院行きと行先を掲げたバスを見ることもつらかった。
たぶん何回か、バスを見かけて仙台駅前で泣いた。
美人でもないバアサンの泣き顔なんて誰も見たくないだろう。眼鏡とマスクをしていて正解だ。

…これなら泣いてもわかるまい…
という、父の若いころの同人誌掲載の詩の一節があった。
「深海魚」というその雑誌は、のちに高名になった方も書いていたので、実家で捨てないで保管してあるといいのだが。

閑話休題。

問題は、複数あった。新たにわかったこともあった。
人工血管にひびというか、裂け目ができていて、そこから血がしみだし、血の嚢胞を作ったのだということがひとつ。
腎臓は、まだ2割が動いていたそうだ。
最期の日か、その前日かに心筋梗塞を起こし、それが最後の引き金をひいた、ことになるらしい。
あといくつか、ある。

聞いて、礼をのべて、病院を辞した。
「ありがとう。さよなら」

院内は撮影禁止だが、ネコだけならいいですよ、と、同院内のとある受付にあったネコを撮らせてもらった。

からりと晴れた夕暮れ。

頑張ったよね、夫。

お祝いじゃないけど、一区切りついた気がするので、なにか食べよう。本当はおさかな、夫の好きな焼き魚を買って帰りたかったが、私が魚を食べるのが下手で、食べられるのは固有背筋?の一部だけで、ほとんど夫が食べていたので、それは却下する。そこで選択されたのが、駅に近いところにある「鯛焼き」だった。

夫と小倉とクリームを半分ずつ、二人でどちらかのアタマかしっぽか両方でひとり一匹ぶんだ。ときどき、今川焼でなく鯛焼きというトリック?の刑事ドラマのことを、どちらかが話題にすることもあった。〔文責・きか〕












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9月後半は16回中2回(見逃し2回)

2026.10.04 16:59:50

9月後半、10月1日まで。16回中2回、見逃し2回。空気が秋になってきて、少し乾燥してきて、見えるようになってきた。所用でどうしても外に出られず、2回見逃し。9月29、30日。
彼岸の22日、24日は見えていた。次は10月なかば。夜半から夜明けにかけて、オリオンが南中しはじめた。中旬から下旬、流星群が見えるといいが、仙台は天体ショーの夜にあまり天気にめぐまれない。〔文責・きか〕

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ツマの気持ち なおかつ

2026.09.22 06:07:47


秋のお彼岸界隈。
故人は春彼岸すぎたころ亡くなったので、ほぼ半年だ。

一面そらがピンク色の夕暮れ。湿気が多いとこうなる。もっと濃いか、サーモンがかっていることもある。

上は9月20日、17時40分過ぎ。今日から秋彼岸なのだが、帰ってきているのだろうか。

お盆もお彼岸も
墓参においでくださった方々、
お香やろうそくをお送りくださった方々、
有難うございました。

上は21年10月3日。右手前に写っているのが故人である。
これは、大きなわんこさんを連れている方がおられ、そのわんこさんの後ろ姿が撮りたかったのだ。

あんまりニンゲンを撮らないし、自撮りなどほぼ、やらない。
故人の写真も、だから、あまり、ない。
奇跡的に、私がつくばで撮った写真が、遺影となった。

ただ、泊りで出かけた時には「元気です」証拠として、夫に自撮り写真を送るのが慣例だった。
また、入院中にも送った。マスクをかけたままのを送ったことがあって、
誰もいなかったら外して撮ってくれればいいのに、と、言われた。
これらは送ると削除してしまうので、夫のPCかスマホにしか入っていない。
3月17日、なぜかそのとき行っておこうと思いたって散髪にいって、そのあと、入院中の夫に「散髪終了」と写真を送った。
その返事の「かわいいぞ」が、夫が私にくれた最後のメールとなった。

いまでも、夫が私をどう思っていたのか、よくわからない時がある。
それはこちらの意識のブレかもしれない。
夫の最後の投稿を校正しているのだが、その時の私は、夫のそれに手を入れているというより、
「漢文を教えた弟子がおりまして、そこそこ鍼灸の分野で働いていたようなのですが、残念ながら若くして亡くなりました。故人の意志を活かすことができるかはわかりませんが、私がひきうけております」
という感覚でいる。
つまりは、私が「夫」としてのみ故人を見ているわけではないということだろうか。

故人の名で「画像」検索すると、ツマが一枚も出てこない、と気づいた。
ある意味でありがたいことかもしれないが、私は私で認識されていて、
故人の遺族、であることが、意識されていないのだな、と思うことも、この半年、時々あった。
そこにアイデンティティを求めてはいけないのだろう、と思うことにしている。

上は2020年1月11日。たぶん何か名の付く名月だったのだろう。月をねらって撮った。
写真を撮った時には気づかなかったが、左下の門を通るお二人連れが映っていて、はじめに見たときはなぜ私たちが映っているのだろう?と思った。
いいや、本当は、もっと背丈に差があるはず。

数日の晴れを含んで、秋彼岸が過ぎた。
25日は仙台でも19時すぎに十五夜の月を見ることができ、
そしてまた雲が厚くなり、今晩は少し降るようだ。〔文責・きか〕








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9月前半は17回中2回

2026.09.19 05:21:57

9月前半。14日まで。すべて夕刻。18時すぎと20時にわたるか。19時台か。方角はすべて北西を通過。17回中2回。月初めは雨と曇りで、11日に見えた時には、何日ぶりか?と思わず手を振った。前に見えたのは8月20日。翌日12日に続けて見えて、また見えなくなった。次はちょっと休んで17日。ただし、17日から一週間ちかく、高度が低い日が続くため、たぶん見えない。〔文責・きか〕

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