プーシャン家の日常

つぼマニア兼脉オタクと、医学史中心中国学マニアの生活感なさすぎな日々

愛宕橋

2026.10.09 20:37:22


さすがに20代のころのように一日4時間あるいてもだいじょうぶ、という感じではないが、
晴れて歩くのにちょうどいい天候なので、歩いてみる。
歩いて「みる」?
やってみる、は、なしだ、
やるかやらないかだ、
という、誰かが著書に引用したヨーダのセリフ?を思い出す。

いつのまにか、ずいぶん広瀬川の水位が下がっていて驚く。
今年はこれまで何度、これでも警戒水位に届かず、という、濁流の広瀬川の写真を撮ったことか。

実はトリ(サギ)がいたので撮った。まんなかあたりと、遠くと、にいるのだが、たぶん拡大しないと見えない。

夏休み中にこんな晴れた日があったら、掃除していたな。
今年はなぜか3月12日、6月17日、9月23日、3ヵ月と5日ぐらいの間隔になっているので、次は12月28日が予定となる。
お正月がないので、切羽詰まった年末でいいのかもしれないが、もう少し前にやっておきたい。
毎日のルーティンとして、書棚をふいたり、掃除機をかけたりはするが、自分的にはそれは掃除というより「ホコリ取り」なので、掃除は一日つぶす覚悟のある日のことだ。

モノの取捨選択ではなく、
どういう住み方をしたいか、
そう考えると、自分なりに、考えがころがりはじめるようだ。〔文責・きか〕




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黄色い春の花

2026.03.07 10:10:57


2月27日、雨。東北大学片平のさくらショップ前。福寿草が雨に濡れて花弁を閉じている。

3月1日、晴れたらこのとおり。
左に見える桜の木は、道路に面して暖かいせいか、例年開花がはやい。
次にこのあたりを撮るのはたぶんそのころ。

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春は名のみだったり名実ともにだったり

2026.02.21 18:30:11


2月17日、定点付近と言っていいのか…同じ大学の敷地の南側。ずっと工事中だったが、それも終了してウメが咲いていた。

同じあたり、三本並んだのは、見えにくいが赤い花をつけたツバキ。
昨年秋までは、ばんて部員本人と散歩コースだったのにな。今は部員本人の体調が整わずに、部員(介)一人で歩くことが多い。

ちょっと時間を間違えて、駅で30分待たねばならないとなった日があり、空いている書店で、連続して買っている漫画の新刊を買って読んだ。その中に「人は労わられると屈辱を感じるものなので」というセリフがある。「はい。誰だって助けられるよりは助ける側にいたいんです」

…そういうものかな。助けてもらうとうれしいのでは?
…でもないか。

病院というところ。
たとえば入院患者(部員本人)に着替えを持って行って、インタフォンで看護師さんを呼び出して部員に渡してもらって、その帰りにエレベーターを待っている時など、車椅子の入院患者さんが、「降りる」ボタンを押してくださったり、するのである。患者だってそれぐらいはできる。だがそのぐらいでも常日頃、労わられてやってもらっている立場におかれると、なんでも自分でやってきた人・なんでも誰かにやってあげてきた人(かな?)は、なにか誰かにやってあげたくなるのかもしれない。助けてあげたくなるのかもしれない。

かと思うと、まったく見も知らない人だが「お父さん!お母さんが困ってるじゃないの!病気じゃないからって何でも問題なくできるとは限らないのよ!それなりに労力が要るの!やってもらう側なのに何?その態度!!」と、割って入りたくなるような(実際には口に出していません)患者様(ここは「様」)に出くわすことも、ある。知らない人にここまで言いたくなるこちらも相応にゆがんでいるのだろうが、身体がツライと、どうしても自分のことだけで精一杯になりがちだ。そこを「それは病気がさせているのだから、と思う」のだとある鍼灸師の方がいっておられた(3年前に故人となられた)のを思い出す。
…そういう、人を許せるようなところがないと、治療師は無理だな、とつくづく思う。

治療師といえば、ほんらい一項たてて語るべきところ、ぐらいの先生が、今月、鬼籍に入られた。ご高名はあえてここに記さない。拙著(オレンジ色のほう)発刊当時、サインしてほしいとおっしゃり、丁重に繰り返しおことわりしたのだががんとして聞き入れてくださらず、結局サインもうしあげたことがあった。この先生は、手放しで部員両名を評価してくださった。どこをご覧になったかわからないが、有難いことだった。そういう方々が、どんどんこの世を去ってゆかれ、もう、そんな、昭和ならではかもしれない、度量をお持ちの先生方は、もう、この世でお目にかかることはないのだと思い知る。〔文責・きか〕








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1月のウメと

2026.02.01 06:07:46


1月30日、定点付近。24年3月3日に「雪中梅」として、もっと定点に近い白梅といっしょに満開のこの木をアップしていた。今年はそれより早いのだが、3月3日に気づいたということは2月から咲いていたはずで、今年はちょっと気づくのが早かっただけかもしれない。
とにかく寒い。1月19日から始まった最強最長寒波で、定点付近では地上つぐみんも見かけるようになった。

それは昨年内の12月22日だったと思う。「ポリネシアン大掃除」という言葉がネットに出てちいさな話題になった。この語を発明されたのは、自称主婦の方だったと思う。
一週間前に大掃除を済ませたと思っていたのだったが、なんとなく気になって、その言葉でリアルタイム検索するようになった。要点は「1日で全部すませることなく実施する」ことであるらしい。「一日目は部屋がきれいになるよう祈る」から始めるので、「結局は何もしない」という意味で使う人もいる。とにかくは、大車輪で一日で終わるのでなければ「ポリネシアン大掃除」の定義にあうらしい。ただ、そこそこの方々が、何日目かでスイッチが入って大掃除を実施・終了しているように見受けられた。

そのうち、自分の大掃除も、自分もこれにあたるかもしれない、と思い始めた。12月なかばにすませたのは、全体のそれであって、まだあちこち拭いたり磨いたりゴミ出ししたりを、続けていたためである。いつもよりちょっと広範囲とかいつもより捨てるものが多いとかすると、ルーティンとの境目はあいまいにはなりはするが、ルーティンではないかもしれないと思えたからだった。結論をいうと、1月17日の、寒波襲来直前と目された日に実施した掃除が、ポリネシアンの最終日であり、あとはルーティンと見做すことにした。

年があけても「ポリネシアン大掃除」のツィートはそれなりにあり、すでに今年の年末を見据えた発言や、360日以上続いているという発言まで出てくるようになった。1月19日を最後に、2日ぶんなぜか間があき、さすがにこれまでかと思いきや、22日からまたツィートが数件ずつではあるが、発生するようになった。

昭和かまたはそれ以前の昔、12月に入るとほどなく、「観音様の歳夜(としや)」「大黒様の歳夜」があり、そこからもう年末準備は始まっていた。前者では炊き込みご飯を炊き、後者では打ち豆ご飯を炊き豆腐の田楽を作りして、3週間ほどかけて年末へと進んでゆく。その間に大掃除やすす払いもある。ゆっくり度合いからすれば、こちらのほうがよっぽどゆっくりだ。ただ「ポリネシアン大掃除」は、「12月も下旬にさしかかり年末の休みが視野に入って、やらなければならない時点に来ている」という切迫感があるのに、その切迫感に敢えて逆らう、というある種の前提の存在を考慮すべきなのかもしれない、と思い至る。

1月も終わりに近づくと、もうすでに節分である。「2月の行事というと…/豆まき?/バレンタインデーよっ!あんたらそれでも女の子なの?〔「林檎でダイエット」の一節だったと思う。う。トボけた姉妹が秀逸〕」
すると、そろそろ小さなお鏡モチのあった位置に小さなひな人形を出してもいいころだ。1月から3月は、過ぎてゆくのが速すぎる。〔文責・きか〕

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雪と地震と虹の師走

2025.12.16 18:04:05


12月14日日曜、雪。朝6時24分ごろの東北大学正門。
平日よりは朝の車通りが少ないので、映り込んでいない。

12月8日、青森県東方沖の最大震度6強の地震。
23時台にくる地震は大きくなることが多い気がする。気のせいかもしれないが。
12日金曜、午前11時44分に最大震度4の地震。授業中はやめてほしい。
下は15日朝8時19分ごろの虹。位置からいって、たぶん広瀬川に両端をひたしている。

 さて、12月16日、今年最後の、私の定義での「掃除」をした。気分は「年末大掃除」である。やはり、7時間かかった。お正月様をお迎えしやすいようにあちこちちょっと整える。ベッドカバーはクリスマス仕様ときめているちょっとにぎやかな柄のそれにとりあえず、変える。今後も細かいところはまいにちどこか吸ったり拭いたりすることになるが、これはルーティンの「ほこりとり」で、「掃除」には(私は)含めない。

 当初は16日一日じゅう曇りの予報だったが、有難いことに晴れ間がひろがる時間が長かった。
 自分の机回りにとりかかってほどなくの11時45分に、宮城県沖を震源とした地震があった。
揺れる前に、一天にわかにかきくもった(というほど急ではないが)ので、ぱらりとでも雨がふるのかと思い、干していた布団を取り込んだり、大きな(再度濡れるとやっかいそうな)洗濯物を移動したりした。それぐらいの時間はあったということで、その後の地震。これが大きくなって、ここで中断だとイタイなあ、大きくならないといいなあ、と念じた。最大震度3、プーシャン家は2ぐらいだったと思う。ほっとして続行。

 地震がおさまって、再びまたからりと晴れた空がひろがった。もういちど、乾き足りないものを干し直しながら、たぶんこの地震はやんだと判断した。

……こういう語彙を使っての言い方になってしまうが、地震は「陰(気)」のしわざなのだと思う。東日本大震災のとき、そう思った。低い雲におおわれていた日で、地震のあとに雪がふった。
 うまく言えないが、地震の予兆として、雲がどうとかいう話になる。ないとは断言できないが、予兆というより、むしろ直前は頭から押さえつけられるような低い一面の雲がひろがり、雲も気も何も読めない、ことが多い気がする。そして「(地震が)あった(後の)雲」は、ある、と思う。

 こうして過ぎていった師走。発表をさせて頂いたり、が、1か月余りで3回はやはり「緊張」だった気がする。これまでやったことをまとめたことも多かったので、純粋な新ネタは少なかったが。そういえば今年の下半期について「結局はこつこつやることですよそこのあなた」と、とある占いに書いてあったなあと思う。〔文責・きか〕













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