プーシャン家の日常

つぼマニア兼脉オタクと、医学史中心中国学マニアの生活感なさすぎな日々

月令

2020.03.21 12:17:28

『礼記』月令・仲春
「(仲春)冬令を行へば、則ち陽気勝たず、麦乃ち熟(みの)らず、民相掠(かす)むる者多し。」

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刺絡編の図

2019.06.02 11:20:04

1657年6月3日は、ウィリアム・ハーヴィー(Willam Harvey,生年は1578年4月1日、日本ではハーベー、ハーヴェイなどとも)の命日のようです。

1628年「動物の心臓と血液の運動についての解剖学研究」の挿絵が、荻野元凱(1737~1806)『刺絡編』の「尺中刺際図」に似ているのに気づいたのは昨年。
 九州大学の貴重図書コレクションを見ると、ベレティーニ(Pietro de Cortona Berrettini)「解剖学の図」(Tabulae anatomicae)1741年のほうが似ているような気がします。

ハーヴィーの図は他にも使われた例があるかも知れず、遠回りして間を埋めることにします。〔文責・きか〕

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気可令和

2019.04.01 12:20:49

『太素』巻十四・診候之一・人迎脉口診、『霊枢』では終始第九(冒頭)。
 
凡刺之道、畢于終始、明知終始、五蔵為紀、陰陽定矣。陰者主蔵、陽者主府、陽受気于四末、陰受気于五蔵。故寫者迎之、補者随之、知迎知随、気可令和。和気之方、必通陰陽、五蔵為陰、六府為陽。伝之後代(『霊枢』作「後世」)、以血為盟。敬之者昌、慢之者亡。無道行私、必得夭殃。謹奉天道、請言終始…。

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古医書覚え書き 小指

2016.12.06 18:50:15

指は、其の数五つ。(中略)其の五 耳を掻くに便なる者、之を小指と謂ふ。又た耳指と云ふ。
〔『解体新書』巻之一、形体名目篇第二〕

 「解体新書は杉田玄白」で(それ以上の知識は無く)終わっていたころ、当該書は漢文にもオランダ語にも精通した巧者が訳したものと漠然と決めてかかっていた。縁あって『重訂解体新書』に目を通したのがもう20年近く前であるが、その時もあまり突っ込んで考えなかった。
 つい先日、見つけたのがこれである。…この説明…。

 「小指」は「季指」とも言った。魯迅が「解剖学筆記」の中で「季指」と記しているが、この言葉が、何の本によって教えられたかを示す手がかりとなり得たと私は思っている。

 閑話休題。この「形体名目」を読んだ考証学者が何を考えたかは想像に難くない気がする。当該書のほかの部分はともかく、この篇については、考証学者のほうが間違いなく上のブツが作れる。それが直接『体雅』の制作理由というわけではないと思うが。

 下は、「Eテレ」の平日朝の番組「0655」月曜恒例の「たなくじ」、10月の4週目あたりにこれを引いた。「大吉」であるらしい。〔文責・きか〕

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古医書おぼえがき4 夫医術の根源は

2015.07.16 14:44:01

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夫医術の根源は人身平素の形体、内外の機会(ようす)の精細に知り究るを以て、此道の大要となすとかの国に立れはなり。〔杉田玄白『形影夜話』〕

これは6月27日に立川の国文学研究資料館において行われた研究会の補遺である。研究会そのものについては、同28日の記事にすでに記してある。
 
席上行なわれた清水信子氏の備前・備中・讃岐の医家に所蔵された医書に関する報告に対し、備前の中島家の所蔵書に徂徠のそれが多かったことを、日本女子大学・福田安典氏が指摘した。

後日、もと東北大学におられた佐藤昌介氏に、玄白と徂徠の関連を記した論文があったことが確認された。徂徠学を奉じた藩の出身であり、当該論文執筆者が母校の教授であった自分が気づかなければならないことであった。そこで、これを機に、佐藤論文の簡単な記録をとり、著書の目次を記しておくこととした。

佐藤論文が正しいかというと、当時の徂徠学のあり方や医学のあり方、徂徠と医学の関連など、前提として考慮すべきことが多くあるうえに、それまでの日本伝統医学史のとらえ方にいくらか首をかしげたくなるところがないわけではない。だが、『形影夜話』に記された玄白の独白を指摘したところは、やはり不動の評価をしてしかるべきであろうと思われる。〔文責・きか〕

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