
2026年1月2日、定点付近。時期的にはもうちょっと前に撮ったほうが花の映りがよかったかもしれない。
いつも成分無加工画像なのは、言い訳としてだが「記録だから」である。
下は元日の定点。いつもより上を映しているので、トウネズミモチが実をつけているのがわかる。
このトウネズミモチの実は、あまり鳥たちに人気がないが、ほかになくなってくると、この実もすべてなくなってしまう。昨年は比較的早くに、すっかり、なくなった。
元日はこの定点あたりにカケスの群れ(というほど多くはない、たぶん3羽かそれぐらい)がいて、飛び立つときに水色の羽がきれいだった。
以下は、いまさらなのだが。
今年の初日の出は、東に雲の塊があり、通常より10分おくれて太陽のまるい形があらわれた。
地震のあった翌年から、見え方に変化があったら怖いと思って撮り始めた初日の出。当時は、よこうへんどう、という言葉がとてもとても、怖かった。
それが起こって初日の見え方が変わったのなら相当なことが起こっているのである。見え方が変わったとしても、それは自分の立ち位置の問題だと考えるのが普通の結論であろう。
ところが、今年は、遅れた10分ぶんを差し引いても、まだ南寄りとしか思えない。家人に話して、そこでやっと気が付いたのが、天体の動きとしてはどうか、ということだった。果たして、1月2日の日の出は運よく雲もなかったこともあって、例年通りの元日の見え方、映り方であった。12月29日によく晴れていて、なんとなく朝日を撮ったのだが、そのときあと3日で通常位置に初日が映るかというと「無理」と思われ、数日ひきずっていた「?」だった。
以前の元日写真をみると、これまでも、やや南よりの年があるのがわかった。なぜ今年だけ気になったのかは不明。そしてまあ記憶(私の)なんていい加減なものだということだろう。
この時期はISSが早朝に見えているが、その時間帯、西に明るいマイナス2.4等ぐらいの木星があり、二つ並んだ星々が近くにあって、それはカストルとポルックスなのだ。だが実際にはこんなに近くに輝いていても、占星術としては、いま木星はふたご座にはない。二つの体系は別の理念でできているからだ。これも考えてみれば、いまさらである。
たぶん家人が、肉眼解剖学の手ほどきを受けて現実の人体を理解していながらも(その先生のお名前は書きたいが書かないでおく。ある年の1月に鬼籍に入られた。私も同じく肉眼解剖を教えていただいたので、プーシャン家両名に共通する先生である。訃報は、私は大阪でお話をさせて頂く機会があり、発表前に家に電話をいれた際に知った)、経穴と脈に関する、(いわゆる東洋医学の、人為によって法則化された)ある種のストーリー性のある体系を、同時にまた別々の精度をたもったまま、受け入れられたのは、若いころ占星術をかじったためもあるだろうと思ったものだ。ただ、占ってくれというと、ワタシが興味があるのは臨床でなくて原理だから、などとうそぶいていた。
現在の分野は、臨床も好きらしい。腕がいいとは世に思われていないようだが、私は、治療師としても、そこそこ腕はいいと思っている。
腕が良くないと文献読解に限界が生じることもある、と思うし、その逆も(複数通りの「逆」が考え得るが、文献研究が臨床の腕を後押しすることを指す)あるかもしれない。
そしてちょっとそんな話を昨年どこかでしたのだが、私の生命の見方がヒト寄りにできていないのは、植物から始めたからだろう、と思う。ただ、わかっていると思っているのに、情報更新されていない部分も多く、とにかく何にせよ、気は、ぬけないのだ。〔文責・きか〕