その如月の その8 3月30日のこと
プーシャン家の「定点」は右手前である。定点を決めて撮り続けたら、という提案をしたのは本人なのだが、いい加減相当たってから、ホントはこっち(反対)向きで撮ったらという意味だった、と言い出した。
2025年3月15日。サクラはまだ開花していない。
このころ、わりに調子がよかった。履いているのは(だから)デニム。
10日後には「横隔膜交通症」を発症して入院、1年と10日後にはこの世を去ろうとは、思っていない本人と撮影者。だから隠し撮りではない。
さて今年3月30日、朝9時に斎場にご都合を合わせてくださった方々にお集まりいただき、9時15分に出棺となった。
仙台が狭いといえばそうなのだが、「移山堂」ちかくの斎場から出発し、いっとき移山堂候補地だった建物前を通過し、専門学校生だったころ、皆さんと住んでいた通称「はちまんのやかた」を通過し、40年以上ときどき行っていたお蕎麦屋さんの前をとおり、わかかったころドライブしたことのある山道を通って、ゆかりの地をめぐるように、葛岡斎場に到着した。(青葉区民のため)
一通りの儀式をすませ、ご自宅から咲いているサクラとツバキの花を持ってきてくださった方がおられたのでそれも棺におさめた。お灸より熱いと思うけど、頑張ってね、と、声をかけた。10時だったと思う。1時間かそのぐらい、と言われたが、たぶん11時15分ぐらいだったと思うが、場内アナウンスがあって、喪主がお骨と対面、その後、おいでくださった方々とお骨を拾った。本人の予想としては骨がもろくなっているから大して量はないだろうと、いつか言っていたのだが、大腿部などけっこう残って、一抱えぶんの箱にはいって、帰宅した。
下の写真は、今年4月4日の、上の写真左側のサクラ。
軽く雨が降っていて、杜甫の「花は錦官城に重からん」という一句を思い出す。〔文責・きか〕
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